重要なのはドン底に堕ちた時。頑張らずに成果を出すための一歩目が...>>

本当の自由は助けてもらわないと手に入らない。

いままでは堅苦しい内容をブログに書いてきたが、どうしても頭でっかちになりがちというか、もっと臨場感のある生活を残していきたいと思ったので、日記のような内容を書いていこうと思う。

 

1月6日、15時24分。

 

今カレンダーをみて2022年になって、すでに6日がたっていることに気がついた。

 

先日日にちを確認したのは3日で、その時もまだ2日だと思っていた。

 

2022年になってから、いやなる前のクリスマスから今滞在しているホームステイ(インドネシアでは宿のことをホームステイやロスメンと呼ぶ。)には、ローカルの友達や昔から住んでいる外国人がこぞってやってきてパーティーの連続だったので、カレンダーを見ていなかった。

 

厳密に言うとカレンダーはスケジュールが書き込まれているので、朝に1度確認するのだが、スケジュールの内容を確認する程度で日にちまでは確認していなかった。

 

今日はというと、一昨日届いた青竹を使って土地を守るための(牛とヤギから)フェンスを作った。

 

昨日は夕方、曇り空の中で作業したからかピッチもよく2時間の作業も、じゃっかんの余力を残しておわることができた。

 

しかし、今日の作業は朝の9時から開始。

空は昨日とは打って変わって、真夏のような日差しが朝からさしている。

 

そんな強い日差しの中でもバイクで木陰を走ると、森林から流れてくる冷たい空気が爽やかで気持ちよかった。

 

作業を開始して1時間くらいたつと、もう来ているTシャツは汗でビショビショになる。

 

炎天下での作業ははかどりも悪く、徐々にバテていき作業のスピードも落ちていく。

 

ただ、VISAの関係上、僕は作業ができない(インドネシアは自国の雇用を守るため、自分の土地であっても建築系の作業はできない)ので、一緒に住んでいる友達が

「暇だからいいよ。」

「1日寝ているよりも作業したほうがいい。寝ているだけの方が疲れる。」

と善意で手伝ってくれている。

 

もちろん、このように手伝ってもらえるようになったことにはわけがあるのだけど、このコトに関してはまた後で書いていきたい。

 

もともと土地をかうことになったのも、この土地が気に入ったという事が前提であったが、結婚する彼女が見つかったからというのもある。

 

28歳からアドレスホッピングを6年間続けてみて、正直なところ、『自分はどこまで行くのだろうか?一生移動し続けるのだろうか?』と疲れというか、途方にくれることもあり、心のどこかで定住先を見つけていたのもある。

 

アドレスホッピングがあまりにも消耗的なので、定住して、その土地で循環する環境(自然に成果物が生まれる状態)を作りたい、と思うようになって、行動してから、いろいろな人に手伝えってもらえるになってきた。

 

というか、手伝って貰っているというよりも、「助けてもらっている。」と言った方がより正確かもしれない。

 

自分ではできないことをやってもらっているのだから、やっぱり助けてもらっているのだと思う。

 

子供の頃から助けてもらう、助けを乞う、っていうことをずーーーーっとできなかった自分だからこそ、助けてもらえている今の自分は成長したんだなぁと感じる。

 

 

自己完結する生き方は、いっけん自由でいい気がする。

 

でもネットビジネスをしたり、FXは仮想通貨で稼いだりして自己完結する生き方を選ぶと、人との関わりがドンドン減っていき、自分自身が自分のエゴに食いつぶされていく。

 

「なんで、アノ人はこうしてくれないんだ?」

「自分はこんなに頑張っているのに…」

「私のほうがカネを稼いでいるだから、私の意見が正しい。」

「カネで解決すればいいんだろ。」

と、自由を履き違えて傲慢にることで人が離れていったり、人に動いてもらえない不自由さを感じるようになる。

 

本当の意味での自由は、そんなに意固地になるほど頑張らなくても、得られる。

 

むしろ、助けられることによって(許されることによって)こそ自由は得られるんだと、ウェストスンバワに来て知ることができた。

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